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GINTE2「いつの日か」

GINTE2のブログ

銀河鉄道アーカイブ

■銀河鉄道セカンドアルバム「ミルキーウェイ」ライナーノーツ

林 裕之(元銀河鉄道、作詞担当)

「オレ、曲作ったんだ。歌詞付けてくれないかなぁ。」幼馴染みの牧良夫(写真右)にこう言われたのは1971年のある日だった。僕は牧のメロディーに合わせて生まれて初めて歌詞を書いた。そして「遠い昔」という歌が生まれた。その時、牧と僕は15才だった。年令とはギャップのありすぎるタイトルの歌だったけれど、この「遠い昔」がきっかけとなって『銀河鉄道』が誕生し、レコードデビューする事になるとは想像もしていなかった。さらに30年が過ぎた今、CDとなった『銀河鉄道』を手に、文字どうり僕らの「遠い昔」に思いを馳せてる事になろうとは....

70年代の中高生は誰もがギターをかき鳴らしていた。僕には楽器をこなす才能はまるでなかったのだが、牧はうまかった。牧と同じ団地に住む鈴木大治郎(写真:左)もギターがうまい。それまでの近所のワルガキが音楽仲間に名前を変えていったのは高校生になった頃だ。僕らは夜な夜な牧の狭い部屋に集まり、レコードを持ち寄り、ギターを弾き、音楽にまみれていた。キャロル.キング,J.テイラー,CSN&Y,あたりを起点に興味の対象は際限無く広がっていった。FENを聞き、ミュージックマガジンを回し読みし、ロック、ブルース、ジャズ、ジャンルを問わずちょっとでも気に入った曲であれば、自然に心と身体に染み込んできた。音楽は空気のようなものだった。似たような音楽少年と巡り会うのは、ほんの少し後の事になる。

その頃はフォークコンテストが花盛りで、規模の大小を問わずあちこちで開催されていた。牧は中学生の時からいろいろなコンテストに挑戦していた。日本のフォークシンガーのコピーでエントリーする参加者が圧倒的多数の中、牧の得意な歌はキャット.スティーブンスのコピー。ほとんどが初戦敗退だった。やがて、オリジナル曲で文化放送主催の全国規模のコンテストに挑戦することを決心した牧は、自分の初めてのオリジナ曲「遠い昔」で1次予選を突破した。2次予選は鈴木大治郎がリードギターで加わり勝ち上がった。(後にパーカッションに転向)東京都の代表になった時には、さらに2人のメンバーが加わっていた。

2才年上の本田修二(写真:右)は、牧があちこちのコンテストに顔を出しているうちに友だちになったのだ。そのギターテクニックと、弦楽器なら殆どこなせる器用さには本当にたまげた。

佐藤信彦(写真:左)は、僕の中学時代の友だちが、進学先の高校にギターの天才がいると、たまり場に連れてきたのだった。2人とも僕ら同様、あるいはそれ以上の音楽少年だった。好きなミュージシャンやアーチストが怖いくらい共通していた。みんなすぐに意気投合し、4人組のバンド『銀河鉄道』が誕生した。僕は「遠い昔」の作詞者ということもあり、5人目のメンバーといったところだった。4人とも歌えるし、演奏も抜群にうまい、僕は彼等の才能と音楽センスが心底羨ましかった。

「遠い昔」はアレンジを重ね完成度を増していった。間奏での本田さんと佐藤のツインリードのギターバトルにはプロも眼を丸くしていた。(残念ながらレコーディングはしていない。)何かが起りそうな気配を感じ始めていた。そして、その予感は適中する。

全国大会であっさり優勝してしまったのだ。平均年齢17才の最年少のバンドだったが、その実力はダントツだった。その時の審査員で、あの"はっぴいえんど"のディレクターの三浦光紀さんに誘われて、プロへの道を歩むことになる。しかし、4人のうち3人は高校生、しかもこれから2年生になるところだ。

それでも『銀河鉄道』を担当してくれた大蔵博さん(写真:右)は、辛抱強く僕らの面倒を見てくれた。月に1度、池袋のシアターグリーンでのライブを続けながら、メンバーそれぞれが歌を作り、お互いの家に集まっては練習を重ねた。まだウォークマンも無い時代、朝、好きな曲を1回聞かなきゃ学校へは行けないし、ライブ会場へも制服のまま駆け付け、狭い楽屋で着替えてから演奏する。そんな高校生活の卒業を待って、1975年、僕ら18才、リーダーの本田さん20才の春、アルバムのレコーディングが始まった。

大蔵さんはメンバーのやりたいように、やらせてくれた。坂本龍一さんや、後藤次利さんをスタジオミュージシャン!として連れて来てくれたりもした。僕らは生まれて始めてのレコーディングに没頭し、夢のような時間が流れていった。こうして1stアルバム『銀河鉄道』は完成し、7月に発売された。大蔵さんは、「Milky Way」と言う独自のロゴをデザインした販促用のTシャツやトレーナー、大量のポスターやパンフレットを作り、ラジオ出演など、プロモーションに力を注いでくれていた。

銀河鉄道のアルバムは玄人には高い評価を得、FM東京の今月の推薦曲になったりしたものの、ちっとも売れなかった。今では考えられない事だけど、僕らの頭の中には「売れる」という意識が全くと言っていい程なかったのだ。プロである以上売れなければ話しにならないのだが、それを意識することは、とてもカッコ悪いことだと思っていた。メロディーも歌詞も感性が生み出すもので、おじさんの作詞家や作曲家が作った歌を、僕らと同世代のアイドル歌手の女の子に歌わせて商売にしている世界には嫌悪感を抱いていた。それに、なにかで生計を立てるということがキチンと理解できる年令でもなかった。

それよりも、1stアルバムで自分達のサウンドを出し切れなかったという欲求不満が日増しに大きくなっていった。曲の完成度を上げる事ばかりに意識が集中し、出来上がったレコードを買って貰う事はどこかに飛んでしまっていた。自分達をもっと表現したかったのだ。別の言い方をすれば、レコーディングの魅力にハマってしまったのかもしれない。ライブでは一人のプレーヤーが複数の楽器を同時に演奏する事はできないけれど、レコーディングでなら重ね録りができるし、やってみたいアイデアは沸き上がっていた。

1stアルバムでは多数のスタジオミュージシャンの手を借りたが、リズム体も自分達でやりたかったのも大きな理由のひとつだった。鈴木大治郎はドラムに取り組んで半年も経っていなかったが、持ち前の才能と努力でドラムをものにしていたのだ。なにしろどこへ行くにもスティック手放さないでいた。ドラムセットはN.G.D.B(ニッティー.グリティー.ダートバンド)の前座の出演を賭けたブルーグラスのコンテストで優勝し、その副賞で手に入れていた。(もちろんN.G.D.Bのコンサートの前座でステージにも上がった。)練習やライブでもアンプやドラムなど使う楽器が増え、大蔵さんに運搬用にオンボロのハイエースを買って貰い、僕はローディー兼運転手として、増々深く関わっていくようになっていた。

だから、もっと自分達を表現したいというメンバーの気持ちは僕も同じだった。大蔵さんはそんな僕らのわがままな願いを叶えてくれた。なんと同じ年の夏には再びレコーディングスタジオに僕らはこもり、レコーディングに夢中になっていた。

そして、出来上がったのが、この幻の2ndアルバム「Milky Way」だ。1975年に2枚のアルバムをレコーディングし、1stアルバムと2枚のシングルレコードは発売された。2ndアルバムであるこの「Milky Way」は未発売のまま、翌‘96年に銀河鉄道は突然解散してしまう。

今になっても、解散の明確な理由は解らない。2枚のアルバムで燃え尽きたと言うには若すぎる。ただ、バンドという集合体というよりは、4人のシンガーソングライターの集まりだったような気がする。4本の道がこの時期だけ1本の道になったんだと思う。それでも僕らにとって銀河鉄道を形にできたこの年が、僕らの人生の中で特別な年であったことは間違い無い。

それにしても、バンド解散後、音楽界とは無縁の世界で生きて来た僕にとって、当時でもちっとも売れなかった1stアルバムが4半世紀後になって、再評価されCDとして復刻されることすら信じ難いことなのに、僕らと大蔵さん以外に数人の記憶の片隅にしか存在しなかった幻の2ndアルバム「Milky Way」が、文字どおり新譜として世に出るなんて、本当に夢をみているんじゃないんだろうか?

銀河鉄道が活動していた1975年当時は、オイルショックの影響で、今と同じように不況の嵐が吹き荒れていた。一時帰休や自宅待機、今で言うリストラが盛んで、僕のその後の進路にも大きな影響があった。最近、アコースティックサウンドが見直され、ブームになりつつあることと、当時と今の世相が似通っているのも偶然の一致なのだろうか?いずれにしても、僕らの音楽が世に出る時、世の中の景気が悪いのは辛い話だ。

しかし、1stアルバムを復刻してくれた若いスタッフによると、決して懐古趣味ではなく、現時点でも充分通用するし、却って新鮮に感じているとのこと。なんとも、照れくさいような、嬉しいような、実に不思議な気分だ。何でも世相と結び付けて考えてしまうことの方に無理があるのかもしれない。年を感じてしまう。

でも、このアルバムには当時のままの僕もいる。45才になった今でも2枚ともすごいアルバムだと思う。ひとりでも多くの人に聞いて貰いたい思いは18才の時のまま少しも変わらない。語り継いでくれた人々と、幻を形にしてくれた方々、そして、このCDを聞いてくれている全ての人に、メンバーを代表して心より感謝いたします。

林 裕之








銀河鉄道 - GINTE2 ニューアルバム「いつの日か」

高校生フォークロックバンド銀河鉄道のダバシュー(本田修二)とヨシオ・J・マキ(牧良夫)が結成したデュオユニット GINTE2 (ギンテツ)待望のファーストアルバム!!

Album Title: いつの日か (MDCL-1476) 
発売日:2006年11月08日
発売元:ミディ(ユニバーサル)
価格:¥3,150円(税込)
規格番号:MDCL-1476



【制作ノート】

【楽曲について】

【参加ミュージシャン】

【アルバムデータ】

【ダバシュー(本田修二)】

【 ヨシオ・J・マキ(牧良夫)】

【試聴】 iTuneダウンロード

ストリーミングコンテンツの試聴にはQuickTimeプレイヤーが必要です。プラグインが必要な方は右のアイコンをクリックして、無償QuickTimeプレイヤーをダウンロードして下さい。


銀河鉄道 (ディスコグラフィー) 

GINTE2の前身は高校生フォークロックバンド銀河鉄道です。ダバシューとヨシオ・J・マキのサウンド・ルーツがここにあります。銀河鉄道の記録(アーカイブス)を読んで頂けたら嬉しいです。GINTE2 - 「いつの日か」では、銀河鉄道の未発表曲も収録しています。

【銀河鉄道】 【銀河鉄道:ライナーノーツ】 【銀河鉄道ミルキーウエイ】 【ミルキーウエイ:ライナーノーツ】 【試聴】




「銀河鉄道」 TKCA-72304CDジャケット

" 銀河鉄道" TKCA-72304
2,476円(税抜)
徳間ジャパンコミュニケーションズ


収録曲

01.唄をひとつ
02.想い出してごらん
03.春はゆっくりと
04.珈琲マインド
05.銀河鉄道
06.ポカポカ陽気に
07.君の扉
08.雲がいつのまにか
09.忘れかけた季節
10.もとどうり

ボーナストラック
11.想い出してごらん
12.唄をひとつ

「銀河鉄道」ライナーノーツ
  
喫茶ロック委員会 田口史人



銀河鉄道ロゴ


Reviews

知るひとぞ知るアーティスト, ヨシオ・J・マキの最初のキャリアはこのアルバムから・・・
 
銀河鉄道というバンド名を知ったのは、とあるガイド本がきっかけ。でもなかなか興味を持ってはいても、音源を入手するのもままならぬまま、 月日は経ち、ついに昨年の暮れ辺り(?)に初CD化の情報を聞き、今か今かと発売を待ったアルバムだった。(リリースは75年7月25日)彼らについては今回アルバムを買ってみて、その経歴とかが分かったんだけど、かの「はっぴぃえんど」の影響を受けた最初のバンドでもあったらしい彼らはもともと彼ら自身が当時からアメリカから輸入されたシンガーソングライターの音源を聞き、そのイメージをもとにアルバムを制作したそうだ。

実際アルバムを聞いてみると、多少はフォークっぽさを残す曲も(例えば(1)とか)あるにはあるが、イメージ的には彼らが聞いてきた洋楽的なそれの印象が強いように思うし、そういう意味では、今聴いても古さを感じさせないアルバムではある。

しゅみへや的なニュアンスの曲は残念ながら、1曲も該当しないけど、シティ・ポップスへの過程という意味においてはこのアルバムも無視できない ポジショニングにあると思うのでぜひ立ち聞き(まぁ、視聴ってコトです^^;)してでも聴いてほしいと思う。 メロディーメーカーが3人もいたこともあり、なかなかいい曲が多いっすよ。幻のセカンドもミディからリリース予定。(
SUNRISE-SUNSET)


アンノウン・ミュージシャン探偵団 MISSING PERSONS 07 銀河鉄道  文=田口史人

さて、このアンノウン・ミュージシャンのコーナーへの反応はここんところ渋いんでないかと思っていたら、どうやら全然別なところで妙な影響ばかりが先立っていたらしく、どうしてもレア盤紹介のようになってしまっていたこのコーナーの方向転換といいますか、改めてその意義を考え直してみました。

ロック画報07「アンノウン」の定義と言いますか、その辺から考えてみたんですが、日本ロックのマニアにも見過ごされていたようなバンドものをアンノウンとつい言ってしまっていたような気がする自分を大いに反省し、今後はその経歴、プロフィールがこれまでふれられることの無かったアーティストの活動歴を明かしていこうと考えております。で、私事ですが、永年の勤めを辞めて時間も空いた上に働かなくちゃあなんないんで、これから復刻に関してはガンガンやれるだけやっていくつもりなので期待してください。で、このコーナーもそうした復刻の決定したバンドのプロフィールを紹介していくような感じに自然に移行していくということで、今回取り上げるのはついに実現しました銀河鉄道のアルバム(+ファースト・シングル)のCD化。
 
今回はメンバーに会うことはできませんでした。というのも元リード・ヴォーカルの牧良夫さんは現在アメリカ在住でして、とりあえずメールでインタビューをすることができました。その詳細についてはCDのライナーを読んでいただくとして、簡単なプロフィールを。銀河鉄道のメンバーは牧良夫(Vo・Ag)、本田修二(Vo・Ag・Eg)、佐藤信彦(Vo・Ag・Eg)、鈴木大治郎(Per・Vo・Hca)の4人。文化放送のコンテストで牧、鈴木のデュオと本田が知り合い、そこにマネージャーの林裕之(作詞も担当していた)が連れて来た佐藤が加わり「牧良夫と銀河鉄道」として同コンテストで優勝したことから活動が始まっています。はっぴいえんどからの絶大な影響と高校生でありながらアメリカのレアなシンガー・ソングライターものを輸入盤で聞き漁っていたという早熟なメンバーたちはお互いに刺激をしあって牧、本田、佐藤という3人の優れたソングライターを抱えたこのバンドは自然にそのサウンドのバリエイションも増やしていきました。

高校卒業の頃には今回CD化になるファースト・アルバム『銀河鉄道』を柳田ヒロのサウンド・プロデュースで録音。ベースには後藤次利、ピアノには坂本龍一を迎え、「70年代のサニーデイ・サービス」という倒錯したキャッチフレーズもさもありなんの奇跡のアルバムが生まれたのですが、メンバーたちはその「日本的」なウエットさが気に入らなかったよう。

間もなく今度は佐藤博のサウンド・プロデュースでセカンド・アルバムのレコーディングに入り、それは完パケの状態までいったところで、若い才能ある音楽家が奇跡のように集まったバンドとしては当然のように、それぞれそれぞれのミュージシャンとしての独立心は急速に育まれ、バンドはあっさりと解散。肝心のセカンド・アルバムはジャケットまで仕上がっていながらメーカーの一方的な都合で発表されることなくお蔵入りしてしまい、これといった足跡を残さぬままバンドは消えて行ってしまったのです。

そして牧はプロデューサーだった大蔵博(現ミディ・クリエイティヴ)と共に渡米、本田は及川恒平のバンドに参加、77年の『ペーパー・ランド』ではバンド・メンバーとしてクレジットもされています。佐藤はそのまま大学へ進学、鈴木は70年代後半にニューヨークへ渡り日野元彦の元でドラムを学んだりしていましたが現在はとび職に就いているそうです。今回一番驚いたのが牧さんのその後の活動で、なんとヨシオ・J・マキの名前でソロ作やサントラの音楽などを制作しているとのこと。その名前知ってました。「よいこ」とか「オンリー・ユー」とか「ガメラ3」とかやってます。

さて大ニュース!銀河鉄道のファーストに続いて、その幻のセカンド・アルバムのリリースも3月に決定しています!ジャケットは矢吹申彦の当時の書き下ろしジャケをそのまま仕様。これがファーストを凌ぐ傑作!詳細はレビューなどで次号当たりで触れられると思います。
(ロック画報07)


「銀河鉄道」70年代前半という限られた期間にシングル2枚とアルバム1枚を発表し、さして話題にものぼることもなく消えていった4人組 の1st.。サニーデイ・サービスやくるりやクリンゴンが好きな人なら120% OK!だろう。こんなグループが埋もれているのだから、 日本の音楽シーンも捨てたもんじゃないと本気で思えることウケアイの”超”がつく名盤。Virgin Records reviews: This Month's Essential Discs


サニーデイ以降のフォーキー・ファンを中心に、現在でも高い評価を得ているファーストアルバムがついにCD化!(新星堂


ライナーノーツを読むと当時高校生が主体のバンドだったとのことだが、とても信じられない程の曲の完成度だ。残念なのは坂本龍一のピアノにエコーがかかり過ぎて、本来の音が全くわからないこと(1点の減点はそれ) 11曲目とおまけの2曲は最高!!(HMV)
Customer Reviews ★★★★★★★★★


ガロ、バズなど日本のCSN&Yフォロワーのひとつ。スティーブン・スティルス的なラテン風味の「春はゆっくりと」、はっぴいえんどの「風をあつめて」の影響を感 じる「銀河鉄道」などグレイトなナンバーが収録された隠れ名盤。三浦光紀の仕事と知ってうなずく人もいるかもしれない。後藤次利、坂本龍一らのサポートも嬉し い。ただ気になるのは、裏ジャケでバンドメンバーを押し退けて中央に写真を配置させた、でしゃばりマネージャーの“大蔵火呂死”なる人物のこと。一説では、現在ミディのトップに納まっているらしい。もしそれが事実なら、サニー・デイ・サービスは彼の果たせなかった若き野望の残り火のようなものなのか?(DISCOVER RECORD)



銀河鉄道 - GINTE2 ニューアルバム「いつの日か」

高校生フォークロックバンド銀河鉄道のダバシュー(本田修二)とヨシオ・J・マキ(牧良夫)が結成したデュオユニット GINTE2 (ギンテツ)待望のファーストアルバム!!

Album Title: いつの日か (MDCL-1476) 
発売日:2006年11月08日
発売元:ミディ(ユニバーサル)
価格:¥3,150円(税込)
規格番号:MDCL-1476



【制作ノート】

【楽曲について】

【参加ミュージシャン】

【アルバムデータ】

【ダバシュー(本田修二)】

【 ヨシオ・J・マキ(牧良夫)】

【試聴】 iTuneダウンロード

ストリーミングコンテンツの試聴にはQuickTimeプレイヤーが必要です。プラグインが必要な方は右のアイコンをクリックして、無償QuickTimeプレイヤーをダウンロードして下さい。


銀河鉄道 (ディスコグラフィー) 

GINTE2の前身は高校生フォークロックバンド銀河鉄道です。ダバシューとヨシオ・J・マキのサウンド・ルーツがここにあります。銀河鉄道の記録(アーカイブス)を読んで頂けたら嬉しいです。GINTE2 - 「いつの日か」では、銀河鉄道の未発表曲も収録しています。

【銀河鉄道】 【銀河鉄道:ライナーノーツ】 【銀河鉄道ミルキーウエイ】 【ミルキーウエイ:ライナーノーツ】 【試聴】



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