【映画】グリーンブックとイエローな僕

アカデミー作品賞と脚本賞を受賞した「グリーンブック」を観てきました。

実話を基に、人種も教養も才能も対象的な二人が出会い、黒人差別が色濃く残る1960年代の南部へのコンサートツアー通して、お互いを理解するまでの物語りです。

脚本賞を取っただけあって、セリフのやり取りも素晴らしく(字幕ですが)、エンドロール後の和やかな気分に浸れて納得のアカデミー作品賞です。

予告編 

ただ、映画を観ながらずっと頭に浮かんでいたのは、多くの日本人は白人目線で、自分が差別対象のColored(イエロー)だとは思わないだろうなぁ。ということ。

「黒人差別って凄かったんだね!」

案の定というか、出来過ぎというか、観終わって席を立った途端、目の前の20代と思われるカップルのお嬢さんが「黒人差別って凄かったんだね!」と連れ合いに感嘆の声を投げかけていました。

理不尽な人種差別を初めて知って驚いたのでしょうが、彼女は自分の立場を白人、黒人どちらに置いたのでしょう?

少なくとも自分がイエローという被差別側とまでは思い至っていないでしょう。

白人対黒人の人種差別は、あくまでも白人が黒人を差別することですが、その実態を島国で”ほぼ”単一民族の日本では身近に感じることはまずなく、どこか遠い世界の出来事です。

でも、遠い世界のことであるがゆえに、日本人は自分を白人の立場に置き換えがちです。しかも無意識に。

ところが、人種差別のカテゴリーでは、差別される黒人側に入るイエローだということを知らない人が多いのが現実です。

きっと我が国は先進国だし、発足当初からG7の一員だったりすることも影響しているのでしょう。

僕も昔は白人の立場にいました。1977年(この映画のわずか11年後!)に3週間アメリカ旅行をするまで人種差別の実態は何も知らず、何となくですが自分は白人側にいるものばかりだと思い込んでいたのです。

旅行中に特別ひどい仕打ちを受けたわけではないのですが、それなりに侮辱的なことはありました。

そして、その2年後に3ヶ月滞在したのですが、この時にさらに、日本にいては分からない白人、黒人、南米系、東洋系などの大きなくくりに加えて、ユダヤ系、イスラム系、アラブ系、そして、アメリカ先住民問題など、アメリカの日常にある差別の空気感を感じたのです。

この時以来、自分は人種的にはイエローだとの自覚を持つようになりました。決して卑下する意味ではなく事実として黄色人種なのです。

その数年後に結婚し、娘が生まれてインターナショナルスクールに入れたのですが、それは、「日本にいながらにして世の中には差別があることを知ってもらいたい、そして、それを乗り越える術を身に着けてほしい」と思ったからです。

学校の送り迎えで見た、白、黒、赤、黄、ターバンの子ら、高級外車で送り迎えの石油王国の師弟たち、ラマダンでランチを抜くイスラム教の同級生など、想像以上にインターナショナルで賑やかな学校でした。

大人になった娘に人種差別について改めて聞いたことはないですが、彼女なりの世界観を持っていることはよく解っています。

人種差別は良くないですし、無くなるべきものですが、今だにこうして映画になることに、解決しきれていない現実が表れていると思います。

グリーンブックの舞台は1962年です。僕は小学1年生でした。あの差別はそう昔のことではないのです。

寅(a.k.a. 林裕之)


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