今年も慰霊祭に参加

1900年頃からルソン島・マニラ〜バギオを結ぶベンゲット道路を作っていて、沢山の日本人がここミンダナオ島ダバオを中心に仕事を求め移り住むようになった。

太田恭三郎と言う人が大城孝蔵と言うベンゲット道路工事の沖縄県人リーダーと共にマニラ麻の農園と工場を合わせた会社を設立したのだ。

彼らは先住民族バゴボ族の酋長インタルから広大な土地を譲り受け「ミンタル=民多留」と言う名前の街を築いた。そのミンタルに有るのが日本人墓地跡だ。

現在はフィリピン人の為の公共墓地となってるが日本人が眠っていた事を示す慰霊碑が建てられている。

第二次大戦後、十年の節目で日本とフィリピンの国交は再開しその頃から日系人の方々や日本に引き上げた元ダバオ、ミンタルの居住者だった方々が続けて来た慰霊祭。

先人達を思い、そして戦争で犠牲になった日本人、フィリピン人、アメリカ人の方々の鎮魂も込めて二度と戦争に向かって行くことが無いように祈り皆さんと共に唄を捧げた。

ご覧の通り献花は南国情緒豊かな派手な物だが・・・

今年は日系人の3世、4世と若い世代の参加が有って良い式典だった。

ダバシュー・本田(a.k.a.本田修二)


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