佐藤博さんの月命日

佐藤博 | 銀河鉄道 2

10月24日に佐藤博さんが亡くなって1ヶ月。あんなにお元気だったのに、もう会えないなんて、今でもまだ信じられません。

僕が佐藤さんと出会ったのは、19才の時、銀河鉄道の2ndアルバムのレコーディングでした。佐藤さんがこのアルバムのサウンドプロデュース、アレンジ、キーボード、コーラスを担当して下さいました。濃密で特殊な時間で僕の大切な思い出です。

確か目黒駅だったと思います。明け方までかかったレコーディングの帰り、朝陽をバックにベンチに腰掛けて、大きなヘッドフォンをつけた佐藤さんのシルエットがどこまでもかっこよかったんです。

その後、僕は音楽とは別の道に進んだので、佐藤さんとも音信不通のままでした。70年代後期にアメリカに移住した銀河鉄道の牧(ヨシオ・J・マキ)と佐藤さんはずっと親交が続いていて、去年のGINTE2の里帰りライブで来日した時に誘ってくれて、佐藤さんと30数年振りに再会を果たしたのです。(写真はそのときのものです。)

京都育ちの佐藤さんの口に合うようにと選んだ永福町の割烹屋さんで過ごした夜は、写真の笑顔のように本当に楽しく、30数年の空白を埋めてくれて余りある時間となりました。

今年のGINTE2の里帰りライブは夏にあり、7月末のある日、去年に引き続き佐藤さんと牧と友人とで会食の時間を持つことができました。この日は、普段あまり呑まないという佐藤さんは赤ワインを呑み、柔らかな口調ながら、音楽のことはもちろん、死生観まで熱っぽく語り、多いに刺激を受け、励みにもなりました。この日をきっかけにFB友達になっていただき、時々、メッセージの交換などが始まりました。僕にとっては佐藤さんのような有名人とのやりとりはちょっとした自慢になりました。

” Happy Birthday !!! 林君! \=⌒▽⌒=/ いつもありがとう~!~ 

そして、今年の10月12日、僕の誕生日には次のようなお祝いメッセージが届き、年甲斐もなくメチャクチャ嬉しかったのです。まさか、この12日後に亡くなってしまうなんて……..。来年のGINTE2の里帰りライブでのゲスト出演も楽しみにいていたのに…….. 

佐藤さんの月命日にあたり、改めて心からご冥福をお祈り致します。

林裕之(元銀鉄ロードマネージャー兼作詞担当/a.k.a.寅)

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