哀悼 ベナード・アイグナー氏(Bernard Ighner)

ヴォーカリスト/作・編曲家、ベナード・アイグナー氏(Bernard Ighner)の訃報に接しました。

ロサンゼルス時間の昨夜(August 14, 2017) 、ベナード・アイグナー氏(Bernard Ighner)の訃報に接しました。僕の40年のアメリカ生活の中で、特に音楽の面で多大な影響を受けた恩師の一人でもあり、本当に残念でなりません。

ベナードさんと出会ったのはまだアメリカに移住して間もない1979年でした。当時、ベナードさんはスタジオシティに住んでいて、銀河鉄道のメンバー、鈴木大治郎(ドラム&パーカス)がバイトをしていたサンフェルナンドバレーの老舗鮨屋「Teru Sushi」の常連さんでした。

大治郎がドラム修行でアメリカにやって来たことを知ったベナードさんは、たびたび大治郎と僕を家に呼んでくれて、音楽のこと、アメリカ生活のこと、他、あらゆることで、僕らに適切なアドバイスをしてくれました。

ベナードさん宅のパーティーでは、ハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、他、LA在住のジャズ界の大物たちが勢揃い、それはあたかもジャズ版のフィールド・オブ・ドリームスのようでした。

翌年、大治郎はニューヨークに移り住み、往年の名ジャズドラマー、故日野元彦さんに師事しながらドラム修行。

ベナードさんも、当時僕が住んでいたウエスト・ロサンゼルスに引っ越して来ました。家が車で5分ぐらいのところだったので、月に数回は家飲みをし、当時ノースハリウッドに住んでいた佐藤博さんも交えて、ベナードさんや佐藤さんの生声の弾き語りに酔いしれていました。

“That Lonesome Road”で、ベース(コーラス)を担当したベナードさん。


That Lonesome Roadジェイムス・テイラー

ガキの頃からの大ファンだったジェイムス・テイラーのアルバム”Dad Loves His Work”(1980年)に収録された”That Lonesome Road”で、ベナードさんはベース(コーラス)を担当。

この楽曲のハーモニーの美しさに魅了され、ベナードさんからヴォーカル・ハーモニーのイロハを師事。これがきっかけでゴスペル・コーラスに目覚め、ミチコ・ヒルとゴスペル・コーラス・グループ、NCM2を結成したのもこの時期でした。

1994年にリリースした僕の1stソロアルバム“OVER THE STREAM”用にベナードさんに書き下ろして頂いた詞で、僕が作曲したコラボ楽曲があります。当時、お互いに契約のあった音楽出版社との折り合いがつかず、このコラボ楽曲は世に出ることはありませんでした・・。いつの日かパブリッシュしたいと心から願っています。

ベナード・アイグナーの名曲”Everything Must Change”

1990年以降、ベナードさんが他州に引っ越して以来、年に一度電話、そして近年はFacebookだけの交流になってしまっていました。闘病されていたことは共通の友人から伺い知っていたのですが、もう一度会って、飲み明かしたかったです。

今日は、ベナードさんの名曲”Everything Must Change”を拝聴しながら、優しい、偉大なアーティスト、わが友、ベナード・アイグナー偲びます。

Quincy Jones featuring Benard Ighner “Everything Must Change”

ベナードさん、ありがとうございました。

ヨシオ・J・マキ


にほんブログ村 ライフスタイルブログ クリエイティブライフへ  

ライフスタイル・ブログ情報


当ブログ内の画像と文章の転載を禁じます。当ブログ内に掲載されているすべての内容はアメリカ合衆国憲法修正第1条、アメリカ合衆国の著作権法並びに国際条約により保護されています。